No.022 特集:新たな宇宙探究の時代がやってきた:我々はどこから来て、どこへ向かうのか

No.022

特集:新たな宇宙探究の時代がやってきた。我々はどこから来て、どこへ向かうのか。

Cross Talkクロストーク

「ブラックホール」とはどんな天体?

本間希樹教授

── 今年4月、国際チームが史上初めて「ブラックホール・シャドウ」の撮影に成功したと発表し、本間さんはその日本チームのリーダーとしてご活躍されました。

永田 ── ブラックホールとはそもそもどんな天体なのですか?

本間 ── ブラックホールはとても変わった天体なんです。まず、とても小さい。太陽よりもずっと小さく潰れた天体なので、重力が非常に強い。そのため光もガスも吸い込んで、入ったら最後、何も脱出することができません。そんな「一方通行の穴」という不思議な天体で、そんな天体が宇宙に存在するのが奇跡的ですね。

永田 ── 昔は、そんな天体があるかどうかもわからなかったんですよね。どうやって見つかったのですか?

本間 ── 1960年代に、X線という特殊な電磁波を使って、「はくちょう座X-1」という天体を観測しました。すると、X線が短い時間で激しく変動していることがわかりました。これは、ものすごく小さな天体に、ガスが勢いよく吸い込まれて、そのガスからX線が出ていることを示していました。そこから、「もしかしたらブラックホールにガスが落ちていくところを捉えたのではないか?」と推測されたのです。

永田 ── X線を出しているのはブラックホール自身ではなく、そのまわりのガスなんですね?

本間 ── そうです。ブラックホールはただ吸い込むだけなので何も出しません。ブラックホールのまわりには、ガスがまとわりついて「降着円盤」というものができます。そのガスがブラックホールに吸い込まれていくときに、ものすごく熱くなって、光やX線を出すんです。それが見えるわけですね。

見えないものを見ようとして得た、史上初の「ブラックホール・シャドウ」撮像成功

本間希樹教授

── ブラックホールがあるらしいということはわかっても、直接的には存在が証明できなかったわけですが、それに終止符を打ったのが、本間さん達が成し遂げた「ブラックホール・シャドウ」の撮像でした。これは、地球から5500万光年の距離にある、おとめ座銀河団の楕円銀河M87の中心に位置する、太陽の65億倍にも及ぶ質量の巨大ブラックホールを捉えたものでした。

永田 ── ブラックホールという見えないものを、どうして見てみようと思ったのですか?

本間 ── 見えないからこそ見たかったんです。はくちょう座X-1の観測などで、ブラックホールがあるらしいということはほぼ確実でしたが、でも見た人はいない。それなら見てみたい、という想いでした。そんな想いを、私を含めた200人以上の研究者が抱き、5~10年の間研究し続けました。長かったですが、絶対に研究を止めてなるものか、という想いでした。

── ここに実際に本間さん達が撮影されたブラックホール・シャドウの画像があります(図2)。これはどんな風にブラックホールが写っているのですか?

[図2]イベント・ホライズン・テレスコープで撮影された、銀河M87中心の巨大ブラックホール・シャドウ
©EHT Collaboration
イベント・ホライズン・テレスコープで撮影された、銀河M87中心の巨大ブラックホール・シャドウ

本間 ── まず、ブラックホールは球体だということを念頭に置いてください。そして、ブラックホールの強い重力で曲げられた光が、その全体にまとわりついています。それを断面で切ったように見ると、このように平面に、ドーナツのような姿で写ります。たとえば大福を2つに切って断面を見ると、真ん中に餡子が、皮が輪っかのように見えるのと同じです。

永田 ── よく「ブラックホールを撮像した」と言われますが、正確にはブラックホールそのものではないんですよね?

本間 ── そうです。ブラックホールは光も吸い込むので、決して見ることができません。この画像の真ん中の黒い部分は、ブラックホールそのものではなく、光を吸い込んでできた影です。これを「ブラックホール・シャドウ」といいます。ブラックホールそのものは見えておらず、この影のさらに中にあるはずです。

本間希樹教授と永田美絵氏

永田 ── この世紀の大成果はどうやって成し遂げられたのですか?

本間 ── ブラックホールはとても小さな天体で、地球からは針の穴ほどにしか見えません。そのため、高い視力をもった望遠鏡が必要でした。そこで「VLBI(超長基線電波干渉法)」という、複数の電波望遠鏡を並べて、あたかもそれらがひとつの巨大な電波望遠鏡になるような技術を使いました。

今回、ブラックホール・シャドウを撮像した「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)*1」では、世界6カ所にある合計8台の望遠鏡を組み合わせ、直径約1万km、地球と同じ大きさの電波望遠鏡を実現しました(図3)。これにより、人間の視力にすると300万という、ちょっと想像もできないような視力を達成しました。

また、ミリ波と呼ばれる、これまで観測に使っていたセンチ波という周波数の電波に比べて、銀河の星間プラズマやブラックホール周辺のガスに対して透過力が高いというメリットをもった周波数で観測できる望遠鏡を使ったという点も大きいです。ミリ波を使った望遠鏡の開発や観測は難しかったのですが、ここ最近の技術の進歩や国際協力で可能になりました。

[図3]2017年4月に行われたイベント・ホライズン・テレスコープの観測に参加した望遠鏡の配置
©NRAO/AUI/NSF
2017年4月に行われたイベント・ホライズン・テレスコープの観測に参加した望遠鏡の配置

永田 ── いろんな国の研究者が関わりましたが、日本はどのような貢献を果たしたのですか?

本間 ── EHTには世界中で200人以上、日本の研究所からは14人が関わりました。私はその日本チームの取りまとめを担当しました。日本チームは、たとえば南米チリにある「ALMA*2」を、EHTのVLBIで使えるようにするための技術開発をしたり、ブラックホールを画像化するためのデータ解析などをしたり、そのきっかけとなる論文を書いたりしました。とくにデータ解析をする手法を独自に作り、それを使ってEHTが捉えたデータを解析し、画像を出したことが大きかったですね。

永田 ── データ解析や、その手法の開発などは、他の国の研究チームもそれぞれやったのですか?

本間 ── チームを複数に分けて、3つの解析手法を使って解析しました。日本は3つのうちの一つの解析手法を開発し、それを使って解析したのです。まず最初は、お互いのやり方を秘密にして、それぞれ分かれて解析するんです。なぜかというと、研究に間違いがあってはならないので、1つのデータをそれぞれ独立して解析して、あとで照らし合わせて、本当に正しいかどうかを検証できるようにしたのです。

永田 ── 各国が解析して出した画像の中で、日本チームのものはとくに綺麗な画像でしたよね。

本間 ── 私も含め、若手の研究者や他分野の研究者たちが力を合わせて開発した解析方法の勝利だと思います。いままで使っていた方法よりも、より良い画像が出せるということを、幸いにして示すことができました。じつはアメリカも独自の解析方法を提案してきていますが、僕らの方法から影響を受けていることは間違いない(笑)。それも含めてこの分野の研究の進展に貢献できたことはうれしく思います。

EHTに参加した日本の研究者
©NAOJ(国立天文台)
EHTに参加した日本の研究者

[ 脚注 ]

*1
イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT): 波長の短いミリ波帯(主に1.3mm)を用いて、地球直径に匹敵する1万kmもの基線長でVLBI観測を行う望遠鏡。これにより、視力300万という史上最高の解像度を達成している。今回のブラックホールのデータが集められた2017年の観測では、APEX(チリ)、ALMA(チリ)、IRAM 30m望遠鏡(スペイン)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(ハワイ)、大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、サブミリ波干渉計(ハワイ)、サブミリ波望遠鏡(アリゾナ)、南極点望遠鏡(南極)の計8局が参画した。
*2
ALMA(アルマ): 日本を含む東アジア、北米、欧州南天天文台加盟国およびチリの国際協力によって、南米チリの標高5000mの高地に建設された巨大電波望遠鏡。2011年に科学観測を開始した。口径12mおよび7mの合計66台のパラボラを組み合わせ、ミリ波やサブミリ波という波長の短い電波で天体を観測する。
Cross Talk

本間教授に聞く!史上初、ブラックホール撮像成功までの道程

本間教授に聞く!
史上初、ブラックホール撮像成功までの道程

前編 後編

Series Report

連載01

系外惑星、もうひとつの地球を探して

地球外知的生命体は存在するのか?

第1回 第2回 第3回

連載02

ブラックホール研究の先にある、超光速航法とタイムマシンの夢

過去や未来へ旅しよう!タイムマシンは実現できるか?

第1回 第2回 第3回

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