No.019 特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

No.019

特集:医療ビッグデータが変える医学の常識

連載01

ヘルスケア/メディカルに半導体チップが生きる。

Series Report

自宅での持病観察

ここまでは、ウェアラブル端末やレーダーセンサのようなエッジ側でのヘルスケア機器と半導体を見てきたが、半導体チップはクラウド側でも使われている。インテル社はアキュヘルス(AccuHealth)社と共同で、家庭にいながら健康管理を行うシステムを開発した(参考資料c)。アキュヘルス社は病院と密な関係を結び、AIシステムで発病を予測するアルゴリズムを開発している。

ITシステム企業であるアキュヘルス社は、医療費の多くを持病が占めている実態を踏まえ、毎日の血圧などの数字を患者に測定させ、その測定データを直ちにクラウド(インテル社のデータセンター)に送り、その変化をモニターしながら、患者の発病を予測している。このサービスによって発病予測が出た場合は、速やかに病院で医師に診てもらうことにより、早期発見・早期治療につなげようというものだ。患者の発病を予測するのは、インテル社の推論AIである。患者は定期的に通院する必要がなくなるため、医療費の削減につながるという。同社では、このシステム導入により、健康保険会社への支払いが患者一人当たり最大大幅に削減できたとしている。

アキュヘルス社の健康管理システム「AccuMedic」は、患者ごとにキットの内容が異なる。例えば高血圧の患者には、血圧計などバイオセンサと携帯テレモニタリングをセットにしたAccuMedicが手渡され、患者は決められた時間に血圧を測定するのだ。すると、その測定データは、Wi-Fiかセルラーネットワークでアキュヘルス社へ届けられる。このAccuMedicはインテルのプロセッサ上で設計されたものだ。患者ごとにAccuMedicキットが異なるため、それぞれに合った正しい診断に導いてくれることになる。

アキュヘルス社の健康管理システムのもう一つの売りは、病気を解析し予知するAIエンジン「AccuBrain」だ。インテル社のプロセッサを設置しているデータセンターで、患者の様々なデータを、機械学習アルゴリズムと予知モデルによる人口統計データと結び付けている。

深部体温を非侵襲で測る

もともと半導体チップは、システムのある機能を実現するため、電子回路やソフトウエアをシリコンに焼き付けたものであり、性能はそのシステムに大きく依存する。このため、初めにシステムありきで、そのシステムを実現する手段が半導体なのだ。だからこそ、システムを理解していなければ、半導体チップを創造することはできない。

例えば、日本では夏季の熱中症による死傷者の数が毎年増えている。そこで、ウェアラブル機器で職場の作業者の生体情報を管理すれば、死傷者数は減るだろう。作業者が危険な状態になった時に警報が鳴るようにすると、少なくとも大事に至らないように配慮ができる。熱中症予知の生体情報としては、これまでのように腋下や舌下で表面の温度を測るだけではなく、体内の深部体温の測定が重要だと言われている。ただし、深部体温測定のウェアラブル機器はまだ出ていない。これまでのところ、口からの食道温度や、肛門からの直腸温度のような侵襲測定しか、正確に深部体温を測る方法がなかった。

そこで労働安全衛生総合研究所は、非侵襲的な深部体温を測定するため、20代から40代までの健康な男性7名を対象として、胸の上にパッチ型センサを取り付けてその精度を実験的に求めた(参考資料d)。パッチの表裏にはそれぞれ2個ずつサーミスタセンサを張り付け、皮膚表面からパッチを経て外部へと流れる熱流束を測定してみたのだ。

そして、食道温度と直腸温度を同時に測定しながら、35℃の中を2時間歩くというデータをとったところ、侵襲的な深度体温との相関性が見られた(図5)。パッチ型センサと食道温度との誤差は平均0.04℃であり、標準偏差は0.18℃だったという。今後は、環境温度や運動量、体組成などの影響も考慮するように、データを積み重ねていくということだ。この非侵襲的な深部体温測定方法が確立すれば、今後は熱流束のアルゴリズムを半導体チップに焼き付けることにより、より簡便な方法として使えるようになるだろう。

[図5] ウェアラブルで深部体温を測れるか
出典:労働安全衛生総合研究所ホームページ
ウェアラブルで深部体温を測れるか

このようなウェアラブルデバイスが、簡便に生体データを測れる医療機器として、厚生労働省に認証されることが望まれる。そのためにエレクトロニクスエンジニアは、病院や厚生労働省とのディスカッションを深める必要があるだろう。みんなが正しい知識を共有することで、これまでの医療機器と新しいデバイスとの相関を調べ、精度を高めることができれば、新しい医療機器として認められるに違いない。

連載第2回は、ウェアラブルヘルスケアデバイスの現状とそれに使われる半導体について、第3回はヘルスケア・医療向けのチップを実際に病院や社会で使われるための試みを紹介し、議論していく。

[ 参考資料 ]

a.
テレスコープマガジン010 連載03 医療・ヘルスケアの電子化
第2回 世界ではどのような医療が電子化されているか
b.
島崎、原、奥畑、中村、河端「光電脈波計の原理を利用した適応フィルタによる運動中の心拍数センシング」、
生体医工学 54巻5号、2016年10月

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmbe/54/5/54_225/_pdf
c.
AccuHealth Delivers Better Patient Care While Reducing ER Visits and Lowering Cost to Insurers with Intel AI and IoT, Intel AI Website, 2018年8月28日
d.
「ウェアラブル深部体温計の実用化に向けて」、労働安全衛生総合研究所、2018年10月5日, 2018年8月28日
https://www.jniosh.go.jp/publication/mail_mag/2018/119-column-1.html

Writer

津田 建二(つだ けんじ)

国際技術ジャーナリスト、技術アナリスト

現在、英文・和文のフリー技術ジャーナリスト。
30数年間、半導体産業を取材してきた経験を生かし、ブログ(newsandchips.com)や分析記事で半導体産業にさまざまな提案をしている。セミコンポータル(www.semiconportal.com)編集長を務めながら、マイナビニュースの連載「カーエレクトロニクス」のコラムニストとしても活躍。

半導体デバイスの開発等に従事後、日経マグロウヒル社(現在日経BP社)にて「日経エレクトロニクス」の記者に。その後、「日経マイクロデバイス」、英文誌「Nikkei Electronics Asia」、「Electronic Business Japan」、「Design News Japan」、「Semiconductor International日本版」を相次いで創刊。2007年6月にフリーランスの国際技術ジャーナリストとして独立。著書に「メガトレンド 半導体2014-2023」(日経BP社刊)、「知らなきゃヤバイ! 半導体、この成長産業を手放すな」、「欧州ファブレス半導体産業の真実」(共に日刊工業新聞社刊)、「グリーン半導体技術の最新動向と新ビジネス2011」(インプレス刊)などがある。

http://newsandchips.com/

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