連載02
ブラックホール研究の先にある、超光速航法とタイムマシンの夢
Series Report
ホワイトホールとワームホールとは?
ところで、ブラックホールがなんでも吸い込む天体なら、その吸い込まれたものはいったいどうなるのだろうか?
これについては以前からさまざまな議論が行われており、物質の形状や種類、性質など、物質がもっていた情報は失われるという考えや、なんらかの形で保存されるという考えもある。たとえば、かの有名な理論物理学者スティーヴン・ホーキング(1942~2018)は、この問題の熱心な研究者のひとりで、かつては情報は保存されないと主張しており、その正否をかけて他の科学者と賭けをしたこともある。その後、他の科学者が「保存される」という研究成果を生み出し、ホーキングも検証の結果それを認めたことから、いまでは多くの科学者は「ブラックホールに吸い込まれた物質の情報は、なんらかの形で保存される」と考えている。
もっとも、この問題はまだ完全には解決しておらず、2018年にホーキング氏が亡くなったあとも、その意志を継いだ世界中の科学者によって研究が続いている。
さらに考えを進めると、ブラックホールに吸い込まれた物質はどこへ行くのかという疑問も生じる。
何人かの研究者は、アインシュタイン方程式を解くことで、あくまで数式のうえではあるものの、ブラックホールに吸い込まれたものを放出する天体として、「ホワイトホール」の存在が考えられるとしている。その可能性を最初に提唱したのは、1964年、ソ連(ロシア)の天文学者イゴール・ノヴィコフ氏(1935~)だった。
仮にそのような天体が存在するとしたら、ブラックホールの裏側にあってトンネルのような領域でつながっているのではないかという考えや、ホワイトホールの外側にブラックホールがあるのではないかという考え、あるいはホワイトホールが吐き出したものはすぐに外側のブラックホールに飲み込まれてしまうため、ホワイトホールとブラックホールは同じものと見なせる、などといった考えもある。
また、ブラックホールに飲み込まれたものがホワイトホールへ向かって移動する際に通る、トンネルのような領域のことを「ワームホール」と呼ぶ(図5)。ワームホールの存在もまた、確認はされていないが、一般相対性理論のアインシュタイン方程式を解いた結果として存在しうることが示されている。
ブラックホールとホワイトホールを探す挑戦
ホワイトホールもワームホールも、まだ実在することは確認されておらず、またあくまで数式のうえで存在しうるという話であり、天文学者の多くは、実際には存在しないのではないかと考えている。
ただ、もしあったとしたらどのように見えるのか。またどのようにしたら観測できるのかといったことを追い求める挑戦は続いている。
たとえば2006年に、米国航空宇宙局(NASA)のX線宇宙望遠鏡「ニール・ゲーレルス・スウィフト」が捉えた、「GRB 060614」と呼ばれるガンマ線バースト(図6)が、ホワイトホールの痕跡ではないかという説がある。
ガンマ線バーストとは、電磁波の一種であり、エネルギーの高い光であるガンマ線が、数秒から数時間にわたって大量に放射される現象のことである。そのメカニズムなどはまだ詳しくはわかっていないが、超大質量の恒星が一生を終える時に極超新星となって大爆発し、ブラックホールが形成される際に、バーストが起こるのではないかと考えられている。すなわち、前述のブラックホールを間接的に観測する手段のひとつでもある。
GRB 060614が発見されるまで、ガンマ線バーストは継続時間が数秒から数分の「ロング・バースト」と、2秒にも満たない「ショート・バースト」の2種類があると考えられていた。このうちロング・バーストの正体は、質量がきわめて大きな恒星が一生を終えるときに大爆発を起こしてできる「極超新星」という天体から生じるものと考えられており、実際にロング・バーストが観測された空間に望遠鏡を向けると、超新星や極超新星が必ず見つかっていた。
ところが、GRB 060614はバースト時間が102秒と、ロング・バーストであったにもかかわらず、超新星は見当たらなかった。そのため、まったく新しいガンマ線バーストの形であるとされ、さまざまな予測や仮説が立てられてきた。そして2011年には、この現象はホワイトホールが102秒間にわたって発生し、それによって発生したガンマ線バーストだったのではないかという仮説が提唱されている。
また、ワームホールについても、観測のための手法が確立されつつある。2011年、日本の名古屋大学などからなる研究チームは、重力マイクロレンズ効果*4を応用することで、ワームホールの検証が可能だと提唱した。
同チームは、予測されるワームホールの特性から、ワームホールのマイクロレンズ効果がどのようなものになるのかを研究した。その結果、ワームホールの光度曲線*5は、通常の星やブラックホールと異なり、極大の前後で一時的に減光することがわかったという。これにより、通常の星やブラックホールと、ワームホールとを完全に分けて検出することが可能になった。
これまでの観測では、まだワームホールらしき天体は発見されていない。ただ、もし検出されなかったとしても、あくまで多数のワームホールが存在するわけではないということを示すだけで、すぐにワームホールの存在そのものを否定することにはならない。そもそも前述のように、ブラックホールも証明されるまでは、その存在を疑う声のほうが大きかった。
もし今後、ホワイトホールやワームホールが発見されれば、ノーベル賞級の大成果になることは間違いない。そしてそれ以上に楽しみなのは、ホワイトホールやワームホールの存在が、光の速さを超えて宇宙を旅することができる「超光速航法」や、未来や過去に行ける「タイムマシン」が実現するかどうかの鍵を握っているということである。
[第2回へ続く]
[ 脚注 ]
- *4
- 重力マイクロレンズ効果:遠方の星の手前を重力をもった天体が通過する際に生じる見かけ上の増光現象。
- *5
- 光度曲線:天体の光度の時間変化を表した曲線。
Writer
鳥嶋 真也(とりしま しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。
国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。主な著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、論文誌などでも記事を執筆。
Webサイト http://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info